共同体

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人類の歴史の大半は、何らかの共同体が生活の核をなしていた。

しかし、中世においては、共同体と共同体の隙間にのみ活動した、いわば副次的なシステムだった市場経済が、だんだんと肥大化していって、ついに人間生活のすべてを包括するようになったのが、近代であり、資本主義であるとの話。

たしかに、そうだろうなあと思う。
すべてが市場経済となり、労働力が商品化された状況が、社会の隅々まで浸透しているというのは、人類の歴史から見たら、ほんのつい最近成立した、特殊な状況なのかもしれない。
何もかもが商品化され、市場化され、利潤第一主義があらゆる領域を覆っているとしたら。

なんだか、うんざりするのは、私だけではあるまい。
でも、それが、二十一世紀の現実なのだろう。
いまさら、中世的な共同体を夢想することはできないとして、利潤第一主義にどう歯止めをかけていくかは、やっぱり、人間が人間らしくあるためにはどうしても必要な努力だと思う。

とすれば、やっぱり、資本主義の歴史をたどってみたり、それ以前からの人類の長い歴史と対比してみたり、緻密な資本主義分析が必要になるんだろうなあ。

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